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介護ほっとステーション



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自分史82 訪問看護の利用者が増えず焦った6カ月間

 

 
 
        お兄ちゃんらしくなってきたいつき君
  

 平成5年8月に開設した長野県看護協会立飯伊訪問看護ステーションは地域では第1号、長野県では6番目でした。
日本看護協会は資金を無利子で1年据え置き、5年で返済という条件で500万円を貸してくれました。
事務所は元歯科医院だったところを月5万円の家賃でお借りしました。元歯科医院だったために水回りなどいくつもあって、とても便利でした。

お借りした500万円は開設準備に150万円、残り350万円を運転資金にまわしました。
150万円は事務机等の事務用品と事務所のエアコンやカーテンなどに使用。
お茶のみ茶碗などは友達からの不用品をいただきなるべく節約しての開設です。
移動用の車は職員の自家用車を使ってもらい少し多めのガソリン代を支払いました。
職員は私の他に子育て真っ最中の半日パート(4時間契約)職員3人を採用。
このパート看護師の中に主人の教え子の方が一人いました。彼女は後に影でいつも私を支えてくれ、まるで主人が応援してくれているようでした。

さて、8月6日のスタート。事前に知り合いの方の訪問を予約していましたので利用者3人で出発。主治医に指示書をいただくのに理解してもらえず苦労しました。
開業医師の中には患者さんが取られるのではと警戒され、利用者を紹介してくださいと何度もお願いに上がってもなかなか紹介してもらえません。
利用者5〜6人の月が続いていました。
地域の保健師さんたちからの紹介もあてにしていましたのにさっぱりありません。
6カ月が経過しました。一向に利用者が増えません。さすがの私も焦ってきました。
当時は訪問介護も「お上の世話になりたくない」と利用するのを躊躇する方も多く、訪問の車が玄関前に止めないよう依頼される家族もいました。家の中に他人を入れることがまだ一般的ではありませんでした。

飯田市の統計に床ずれのある寝たきり老人が80人、膀胱留置カテーテルの入ってる人60人とのデーターがあるのにどうして紹介がないのだろうとこのままだと採算がとれないと不安一杯でした。

そんなときです。もう年末がすぐそこに来ていました。
一人の老婦人から電話がかかってきました。
電話の向こうで「ワーワー」と喚いている声が聞こえます。
遠慮がちな声で「あのーお宅さんはオムツの交換に来ていただけるのですか?」
うーん。オムツ交換といってベルパーさんができる仕事だし、なにより当時は訪問看護は週2回しか訪問できないので役にはたたないなあー。

まあ、暇だしとにかく私は訪問してもう少し情報をつかんでみようと思ったのです。
そのお宅の事情はこうでした。
82才になる男性(Fさん)が8年前から脳梗塞で寝たきり。両足がお腹にくっ付いてまるで母親のお腹の中の胎児のような身体になっていました。
その上言語障害があり、絶えず大声で「ワーワー」喚いているのでした。
妻は同じ82歳。お嫁さんのいない会社員の50代の息子さんとの3人暮らしです。
「私は体力がなくてオムツ交換ができません。息子が朝オムツを変えてポータブルに座らせて便を出させて会社に行きます。お昼休みに帰ってきてオムツを変えてくれます。だけどそれからは息子が夜の8時ころ会社から帰ってくるまでオムツが交換できません。その間に一回オムツを変えにきてほしいのです」とせつせつと妻が訴えるのです。

「ヘルパーさんは週に2回しか来てもらえません」当時はそんなものでした。
オムツ交換だけでは指示書はもらえないだろうとあきらめました。だけどせっかく来たのだからとサービスのつもりでオムツ交換をして帰ることにしました。

お腹についてる両足を広げようとしました。Fさんの声が一層大きくなりました。
力を入れても股が開きません。これでは妻がオムツ交換できないわけです。しようがないので私はベットの上に上って満身の力を込め両足を広げました。
「わあー」思わず声が出てしまいました。なんということでしょう。両足に挟まれて隠れていた股とペニスは真っ赤にただれています。血もにじんでいます。
「わあー。奥さんこの股の爛れを治療して治してあげなくては可哀そうですよ。そうとう痛いと思います」
やったー。これで訪問看護に入れるとその時思ったのです。
往診してもらう主治医はいないとのことで私は泌尿器と皮膚科を標榜している開業医師に主治医になってもらうようお願いして、爛れが治癒するまで尿がかからないように膀胱留置カテーテルを入れてもらい、爛れ止めの軟膏も出してもらいました。
週2回二人の看護師で訪問し、一人は股を広げ、一人はぬるま湯で股を洗い軟膏を塗布しました。
2週間もしないうちに爛れはきれいに治癒しました。
するとなんということでしょう、絶えずワーワー大声でわめいていたFさんがピタッとおとなしくなったのです。
Fさんは股の爛れが痛くて何とかしてほしいと喚いていたのですね。
妻に「ワーワー騒ぎ出したのは何時からですか」とお聞きしました。
「4年前からです」「えっ、4年も前」私は絶句しました。
Fさんはなんと辛い日々だったことでしょう。その後Fさんは私たちが訪問するとニコニコして軽く頭を下げてくれるのです。

Fさんのことは保健婦やヘルパーさんたちに有名な方でどう援助したら良いかこまっていたのでした。
「私たちはFさんはいつも泣きわめく認知症だと思っていました。」とのこと。
そして、私は保健婦の会合で訪問看護についての講演を依頼されたのです。

それから爆発的に保健婦や訪問指導の看護師から紹介が続きました。ようやく認められたのです。
平成6年3月の期末までパート看護師を3人も増やして対応せざるを得ないほど忙しくなりました。

で、開設初年度決算は100万円の黒字決算になりました。
やったね。








| 今村 洋子 | - | 18:00 | comments(1) | trackbacks(0) |
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コメント
通りがかり、拝見させていただきました。
私は看護師でもなく右も左もわからなない、伝手もないのに、私が病床であったとき、偶々訪問看護の現場見学をする機会があり、自分でやることを決意しました。そして、ステーションを立ち上げました。やっと今年から走り出したのに看護師さんがお辞めになったり、利用者がほとんど増えないなどの大きな問題も多いです。
ただ、私は妻と人生を訪看にかけてしまったので、誠実にやっていくしか道はないと思っています。
今村様のお話を読むと、だれもが色々な場面でご苦労されて今があるのだなと、どこか納得することができました。今この瞬間からまた頑張って行くことができます。ありがとうございます。
自分のことばかりをお書きして失礼いたしました。
| いちい | 2013/01/31 9:51 PM |
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